こんなことがありました

「震災から学ぶ会」を実施しました

10日(水)、「震災から学ぶ会」を実施しました。密を避けるため、1~6年生、7~9年生の2回に分けて行いました。

 

東日本大震災から10年が経過し、当時の記憶がほとんどない子どもたちに対して、災害から身を守ることや命の大切さについて考える機会としました。会では、7~9年生の代表生徒の作文発表も行いました。

  

以下に当時、被災した経験について発表した8年生生徒の作文を掲載します。

 

 「震災から学んだこと」  8年 男子生徒

現在、私は鏡石のアパートから学校に通っています。あの大震災がなければ、松塚の家に住んでいるはずでした。

大震災の当時、私は4才。親とタイヤ館という車の用品店に買い物に行っていました。一人、キッズエリアで遊んでいると、大きな揺れを感じると同時に、棚からたくさんのタイヤがゴロゴロと落ちてきました。すぐに父親が迎えに来て、抱きかかえてくれたことを覚えています。何がおきたのか、ぜんぜんわかりませんでした。

車で、なんとか松塚の家に帰ると、そこには、家がつぶれ、がれきの山があるだけでした。使える物だけをなんとか取り出しました。その日から須賀川アリーナで避難生活を送ることになりました。その生活には、自由がなく、ごはんも食べたいときに食べることができません。人の目が気になって、ゆっくりできなかったことを覚えています。

その後、祖母の家での生活が始まりました。夜、一人で寝ているときに、余震がおこりました。不安で親の所に行こうと階段を降りるときに、あわてていたため、足をふみはずし、階段から落ちてしまいました。地震におびえ、余震がくるたびに、「また、家が壊れるんじゃないか」などと強い恐怖を感じながら、生活をしていました。

先月の地震の時には、自分の部屋に一人でいました。すぐに、10年前のつぶれた家のことを思い出し、私が住んでいるアパートも、また、つぶれるんじゃないかと思い、大きな恐怖を感じました。すぐに家族がいるリビングにいこうとした時に、あせってドアに指をぶつけてケガをしてしまいました。強い揺れで家中の家具が倒れ、その中身も飛び出して割れ、外を見ると、電柱が大きく揺れたと思った次の瞬間、電線から大きな火花が飛び散りました。その後、停電になったり、水が止まったりして、とても不自由な生活となりました。

これらの経験から、災害に遭遇したとき、倒れそうなものを避けたり、すぐに窓を開け、出口を確保したりするなど、冷静に落ち着いて状況を見極めることが大切だと学びました。そのためにも、日頃から、非常食を準備しておいたり、家具が倒れないように補強しておいたりするなど、できる限りの備えや想定をして生活したいと思います。

二度の大きな地震から、今の普通の生活がいかに幸せかを感じます。感謝の思いを持ちながら、今、自分にできることを精一杯がんばろうと思います。

 

震災から学ぶ会の最後には、亡くなられた方々に対して校長と音楽科教員が演奏する鎮魂曲を聴きながら、全員で黙祷をしました。

 

子どもたちは、10年前のあの日、多くの人が感じた恐怖や不安、そして前を向いて進もうとする気持ちを知ることができたようです。

ご家庭でも震災についてお話ししていただければと思います。